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子育ておうえんコラム

元気っ子くらぶ『ちいさな命』

2017年11月15日

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11月は秋の実りの月。昔は、満月の旧暦11月15日に、稲の収穫を神様に感謝するお祭りをしました。この日、人々は幼い子どもに晴着を着せて神社に行き、収穫と我が子の成長を感謝してお祝いをしたそうです。それが七五三で、お祝いごとの一つになったのは、江戸時代だと言われています。ちなみに千歳あめは、あめを引っ張ると伸びるように「寿命が延びる」という縁起物だそうです。
朝晩の冷たい空気に、冬近しを実感しますが、風に舞う木々の葉をあびたり、一面に積もった落ち葉を踏みしめたりして、深まる秋を楽しみましょう。

ちいさな命

我が家には2匹の柴犬がいます。我が子を独立させ無事子育ても終わりゆったり過ごしていたある日、交通量の多い道を右往左往している犬に出会いました。「危ない!こっちへおいで!!」と呼ぶと、彼は駆け寄ってきました。警察に届け、保健所にも問い合わせしましたが彼の飼い主は見つからず、うちの子として迎えました。推定5~6歳。それから12年、彼も16歳になり人間で言うと90歳前後、日々老いを感じるようになり、留守番は寂しいのでは!もしかしたら若い犬の刺激で若返るかも!と、彼のために2匹目を飼うことにしました。でもこれって私のひとりよがりな思い込みだったようで、2匹がけんかすることはありませんが、彼がもっと元気になってくれるとの思いは見事に外れ、ストレスを増大させただけでした。 彼のために良かれと思ってしたことですが、よく考えてみるとそこに彼の気持ちは反映されていず、自分の思い描いた理想を押し付け、安心しようとしていたことに気づかされました。

子育ても犬育ても「小さな命を育てる」と言う意味では何ら違いはないように思います。「育てる」ということは、実は自分が「育ててもらっている」ということだと思います。

そして、子どもたちは自分の持ち物ではないということ。ひとりひとりの存在を大切に真摯に向き合っていくべきものではないかと思います.可愛い我が子であるがゆえに。いつまでも手の届く範囲に置くものと錯覚してしまいつい、感情を前面に出して怒ったり、甘やかせたりしてしまいがちですが、それはどちらにとっても「育て」になっていないのではないでしょうか。子どもたちもこの世に生れ出た「命」  ひとりの人間であり、自我を持っています。私たち大人は自分の思いの対照や対象物としてではなく、この未来に向けた可能性の塊である「自我」の確立を見守る立場なのかもしれません。

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★ふれあいあそび

 ♪だいこん抜き                    ♪ぐる~ん

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     (ひかりのくに つながりあそびより引用)       (フレーベル館 遊びのポケットより引用)

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遊びに来てくださいね。待っています
八尾市地域子育て支援センター 元気っ子くらぶ

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